感染症よもやま話

2018 01/18 若いお医者さんへ 子育て中のママパパへ

ある喘息の親子

東京の郊外の病院に勤務していた時のことです。

朝晩すこし冷えてきた秋のある日、
お母さんと小学校三年の女の子が診察室に入ってきました。
二人とも世の中の苦労をすべて背負いこんでいるという顔をしています。女の子は顔に少し湿疹があって、そのため一層表情がさえなくなっています。話しを聞いてみると喘息で困っているとのことです。

ここで喘息についてお話ししておきます。

喘息は発作性に繰り返し呼吸困難をおこす病気で、 最近子供に多くなっているといわれています。
最初は生後 5~6か月頃アトピー性皮膚炎で始まり、 そのうちにカゼにかかった時など治りがわるく、ゼーゼーするようになります。2~3歳になるとたまにヒューヒューすることがある程度で治ってしまう人もいますが、 中には台風が来たり、雨が降ったりした時、また運動をする、犬や猫と遊んだ時にも ゼーゼーする人がでてきます。このような状態になれば気管支喘息と言われます。

喘息の発作の程度も息が苦しくて話も出来ず、 冷や汗を流して動けない位ひどいものから、胸に耳をつけるとわずかにヒューヒュー、ピーピー、聞こえるけれども本人は平気な場合まで、 いろいろの段階があります。
アトピー性皮膚炎や喘息が増えたのは生活様式が近代化して、栄養がよくなったからだと考えられているようです。家のアルミサッシは気密性を高め冬でも暖かく、昔の家のようにすきま風がふきぬけることはありません。家の中は人間にとって快適になったと同時にダニの繁殖にも適した条件になっています。

また離乳食もだんだん早期に始めるようになり、 腸がまだ十分発達する前に蛋白質を与えるため、からだの中にアレルギーの素地ができ、呼吸によって肺の中にダニの死骸や家のホコリが吸収され、 そのため喘息発作が誘発されると説明されています。

アレルギーのことを専門に研究している小児科医は アトピー性皮膚炎から始まって、アレルギー性鼻炎、気管支喘息へと病気が変化し、進行していく様子を「アレルギーマーチ」と呼んで、 このような状態にならないためには乳児期から食事に気をつけないといけないと注意をうながしています。

さて最初の二人に話しをもどしましょう。 女の子は2年前から喘息発作を繰り返すようになり、二学期になってから大きな発作が一度あっただけなのですが、いつも発作が起こりはしないかと思うからでしょう、 学校も休みがちになっているとのことです。それでお母さんにしてみれば学校の勉強がおくれるのも心配だけれども、 無理をしてまた発作がでると困るし、お母さんの頭の中はあれやこれやの心配で一杯です。それで二人ともこれ以上暗い表情はないという顔で診察室に入って来たのでした。

「今までにお医者さんにかかったことはありますか?」

「実はこの子の父親が外科の医者をしておりまして、 勤務している病院の小児科のお医者さんに娘の話しをして喘息の薬を持って帰ってもらってそれを飲ませていたのですが、あまり効き目がないのです。」

この子のお父さんは都内の有名な総合病院の医師で、 その病院には何人かの小児科の医師がいて、その先生に相談をしながら娘さんの治療をしていたそうです。そのため、家には開発途中のまだ販売されていない新薬から、一般に使用されている普通の薬まで全部揃っていると言うのです。私がいつも喘息の治療に使っている薬はすでに試されて、無効だと分かっているのです。
仕方がないので私は

「お家にある薬の中にきっと Aという抗アレルギー剤と気管支拡張剤のB,Cがあると思いますから、それだけを毎日飲ませて下さい。他の薬は一切使わないで下さい。私の言う通りに薬を飲めば、おそらく発作は随分軽くなると思います。」

「A,B,Cは家にあって飲ませた事はありますが、 今までは悪い時だけ使っていましたので、先生のおっしゃるように毎日飲ませてみます。」

と、 この日は新しい薬を渡さずに (渡しようにも手持ちのカードが何もないのですから仕方ありません。)家にある薬を使って頂く事にしました。
お母さんはこんな事で本当に治るかなと言うような顔で帰っていかれました。
一週間後です。 

「お陰様で発作は出ませんでした。」

お母さんの顔は大分明るくなっています。 これは第一段階の信頼を得る事に成功した事を意味します。こうなればもうすこし強い自信を持てるように話しをすすめます。

「この治療を続ければ、学校でも発作は出ないと思いますよ。」

子供には
「学校はおもしろい?この一週間大分楽だったね。 もう前のような発作は心配しなくていいよ。」

二週間後に来院した時の母親の顔はもう別人です。

「不思議な事に発作が出ないのです。 実はこちらの病院に来る前はどんな治療をしても駄目で、子供は何をするにも自信を失ってしまっていて家に引きこもってばかりいるし、もう途方にくれていたのです。ところがここに来てから 以前と全然ちがってすっかり元気になって来ました。」

「よかったですね。治療がうまくいっているみたいですね。 でも天気が悪くなったり、カゼにかかったりするとまた発作がでるかも分かりませんよ。ただ今度でる発作は以前の発作に比べると軽くなっていて、 その発作の持続も短くなるはずです。」

このように毎回来院する度に子供と母親に喘息のことや生活の仕方などを話し、結局、この子供は半年位の間に発作はほとんどでなくなり、たまにゼーゼーする程度で、学校も休まず、家族そろってスキーにも行けるようになりました。

このような例は小児科医をしていますと何回か経験します。喘息が軽快したのはもともとアレルギー反応が中心になっていたのではなく、 心因性の要素が強かったのだと思います。
母親が医師にすべて任せてみよう、 自分だけでくよくよ考えないでおこうとすると、 母親は気分が楽になり、平安な気持ちになれます。そのような精神状態が子供にも伝わって子供自身の不安感も少なくなります。

医師と患者家族の間によい信頼関係ができると治療は非常にうまくすすみます。 母親が医師を信頼できると思えるのは、医師が精神的に落ち着いていること、悩みを受け入れる広い心を持っていること、十分な医学的知識を持ち、経験を積んでいることなどの難しい条件があります。 

またそれと同時に母親の方も疑り深い気持ちを持たない 素直な性格も必要だと思います。
現在の医療界はその両方に問題があるようです。
医師は病気を診ると検査をし、薬を出せばそれで仕事は済んだと思い、患者はこの薬は副作用があるのではないか、もっと大きな病院で「精密検査」を受ける必要はないのか・・・
いろいろ不信感を持ったまま治療をうける。
こんな状況ではいい治療になるはずがありません。

今回このお話をしたのは私自身もっと努力して 自分を高めていかなければならないのは勿論ですが、
患者さんの方でももう少し人を信ずる心があれば いろいろの病気が案外克服できるのではないかと考えたからです。

蛇足ですがこれは家庭、学校、会社、さらに信仰の面でも同じだと思っています。