より道 みち草 雑談コーナー

2020 04/12 子育て中のママパパへ

犬に学ぶ

森川こどもクリニック 副院長  玉井 普
私は大の犬好きで、街で散歩中の犬を見掛けたり、犬の写真集などを見るとつい顔が綻んでしまいます。物心ついた頃から犬は身近な存在で、これまで代々6匹の犬を飼ってきました。
私がこどもの頃は野良犬や捨て犬も珍しくない時代だったこともあり、これまで飼ったのはすべて野良か、保護された子犬を譲り受けたものでした。それぞれに想い出深いエピソードがありますが、今回は5代目(ファイベル)と現在の6代目(ムック)についての想い出をお話したいと思います。
ファイベルは道端でフラフラになりながら歩いていた所を保護され我が家に来た子犬でした。アニメ映画“アメリカ物語”の孤児の主人公に因んでつけた名前です。来た時は生後3カ月頃で、それこそ栄養失調で、脱毛と痩せに加え、便や吐物からは数種類の寄生虫が出てくる始末でした。孤独と不安恐怖の日々を送っていたようで、当初は呼び掛けても逃げ隠れ、我々の姿が見えなくなるとそっと現れ、餌を食べていました。それでも1カ月位すると我々家族にも徐々に慣れ、毛並みもすっかりきれいになっていました。しかし、印象的だったのはその生涯で、じゃれて噛みつくことはあっても、全くと言っていいほど自分から舐めてくれることはありませんでした。また、いきなり首輪を持つと慣れていたはずの我々家族にも噛みつくことが何度かありました。きっと、舐めるという母犬からの愛情表現を経験したことがなかったのでしょう。こんな彼でも、たった一度だけ舐めてくれたことがあります。それは長女が手の怪我をした時でした。そっと鼻を近づけ数回やさしく舐めてくれたそうです。知らない人から見ると危険で気難しい犬かも知れませんが、ほんとは心の優しい犬だったと思います。その後、彼は我々家族にとってはなくてはならない存在として元気で16年の生涯を送りました。
一方、ムックは同じ様に野良の子犬でしたが母犬とともに里親の方に生後すぐに保護されました。名前の由来は毛がムクムクだったからです。兄弟たちとも楽しい子犬時代を過ごし、初対面の時からすぐに我々にも慣れ、顔を舐めまわす程、人間に対する不信感はありませんでした。
もう一つ印象的だったことは、一年ぶりに里親の方がムックに面会に来られた時のことです。久しぶりだったため、最初は怖がって里親のかたが抱いても震えていたのですが、上着のジャンパーを脱がれたところ、激変!尻尾を振り、里親の方に擦り寄って行ったのです。これには我々も驚きました。実は上着の下に着ておられたTシャツは母犬の散歩の時にいつも着用されているものだったのです。1年近く離れていた母親の匂いをちゃんと覚えていたのですね。嗅覚は犬と人間とでは違うかも知れませんが、対照的な2匹の行動を通して、幼少期の母児の絆の強さ、育児環境の重要性を痛感させられる経験でした。
育児に関する様々な問題が取り沙汰される昨今、小児科医として少しでも子ども達や家族を取り巻く育児環境を守るサポートが出来ればと考えています。

(大阪小児科医会 会報 No.193, April 2020 p.45 に掲載 )