リステリア菌感染症
リステリアは1926年にウサギやモルモットに単球増多症(monocytosis)を起こす菌として発見され、その後イギリスの著明な外科医Listerにちなんで1940年 Listeria monocytogenes と命名された。当初は畜産上の病原菌とされていたが1950年ころからヒト感染症の原因菌となることが知られ、その報告数が増加しはじめた。わが国では1948年に子ヤギ脳炎、1958年に小児髄膜炎(山形県)、胎児敗血症性肉芽腫症(北海道)の原因菌として報告されたのが最初である。1980年代から欧米諸国で野菜サラダ(コールスロー)、乳製品(ソフトチーズ)、食肉加工品(ミートパテ、ホットドック)などの食品を介した死亡例を含む集団感染が相次いで報告されている。わが国でも2001年北海道でチーズを原因とした風邪症状を呈した軽症の集団感染が確認された。
1 臨床症状
リステリア菌は中枢神経、消化管、呼吸器、皮膚、眼結膜、生殖器など多くの臓器を侵し、感染臓器によってその症状は異なり、リステリア症に特有な症状はない。一般に、病初期は発熱、悪寒、筋肉痛などのインフルエンザ様症状で、宿主免疫が十分機能しなければ敗血症、髄膜炎に移行する。他の食中毒菌(サルモネラ、腸炎ビブリオなど)のような腹痛、下痢といった胃腸炎症状は少ない。新生児リステリア症には敗血症型を示す早発型(生後5日未満、1〜2日以内が普通)と髄膜炎型を示す遅発型(生後5日を超え、平均14日)の2つの病型がある。
2 病因
リステリア菌属(7菌族で構成される)の1属であるListeria monocytogenesがヒトにおけるリステリア症の原因菌となる。リステリア菌は幅0.4 ~ 0.5μm、長さ0.5 ~ 2μm、グラム陽性、通性嫌気性、芽胞非形成の短桿菌で時々球菌様の形態を示す。ウマ血液加寒天培地でB 群溶レン菌のような狭い溶血環のβ溶血を呈する。ブドウ糖発酵性、カタラーゼ陽性、オキシダーゼ陰性、VP 反応陽性である。発育温度域は広く0 ~ 40℃、至適発育温度は30 ~ 37℃であるが4℃でも増殖を止めない低温発育性がある。また、食塩耐性で!0%食塩加ブイヨン中でも発育できる。リステリア菌の血清型は菌体の15種類のO抗原と5種類の鞭毛H抗原の抗原因子の組み合せにより16血清型に分類される。ヒト、動物の症例から分離される型は1/2a, 1/2b, 1/2c, 3a, 3b, 3c, 4bで、ヒトでは4b型が約60%、1/2aと1/2b型が約30% を占める。
リステリア菌は結核菌、チフス菌、レジオネラと同じように細胞内寄生性菌の一種で、マクロファ−ジの食胞に取り込まれても殺菌されないで食胞の壁を破って細胞質で増殖する。そのため宿主防御反応としては補体、免疫グロブリンなどの液性免疫より、細胞性免疫が重要な働きをすると考えられている。
3 疫学
⑴ 発生状況
乳および乳製品、食肉加工品、野菜類による食品媒介リステリア症の集団事例は1980年代から欧米を中心に多数報告されるようになった。1981年カナダで発生したコールスローによる集団事例では発症者41名うち18名が死亡し、1985年のアメリカの事例では同一工場で作られたソフトチーズを感染源として142名(妊婦93名、新生児49名)が発症し48名が死亡した。集団事例の中には死者数の多い事例も散見される。わが国の食品媒介による集団事例は2001年に北海道衛生研究所のナチュラルチーズの定期検査で1010個/100グラムの菌量、血清型1/2bによるチーズ汚染が確認されたことが契機となり、摂食者の追跡調査から集団感染事例が判明した。摂食した85名のうち38名に発熱、悪寒、頭痛などの風邪症状および下痢、腹痛などの胃腸炎症状が認められて、便培養をした31例中19例からリステリア菌が分離された。髄膜炎のような重篤なリステリア症は見られなかった。
集団感染事例とは別に寺尾は1958年から2001年までの散発例を集計し796例の病型、血清型について報告している。男性440例、女性353例、不明3例、新生児および乳幼児371例(46.6%)、20歳以上の成人387例、6歳から19歳までの症例は37例と極めて少なく、新生児〜2歳、70歳以上に2つのピークがみられる。病型では髄膜炎、敗血症、胎児敗血症、髄膜脳炎が全体の96.6%を占め、欧米では妊産婦関連の症例が多いのに比し、わが国では髄膜炎症例が多いのが特徴である。769例のうち死亡例は226例で致命率は28.4%であった。特に成人では免疫機能の低下した白血病、糖尿病、肝硬変などの基礎疾患を持つ患者の致命率は40.3%と非常に高い。
厚生労働省研究班の全国主要病院へのアンケート調査により1996年から2002年までの単年度あたりの重症リステリア症の発生件数は平均83例、100万人あたりの発生頻度は0.65と推定している。この数値はアメリカの単年度あたり2518例、4.8例/100万人、フランスの242 例、5.4 例/100 万人 と比べかなり低い。 2003年に改正された感染症法ではリステリアは第5類感染症の中の細菌性髄膜炎の項に分類され、基幹定点で週ごとに報告すべき疾患になっているが、これによると1998年、1999年に各1例のリステリア菌髄膜炎(0歳1例、60歳以上1例)が報告されている(IASR厚生労働省 病原微生物検出情報)。
⑵ 感染源
リステリアは動物や土壌等の環境中に広く常在しているが、畜産関連食品(乳、乳製品、食肉加工品)と、家畜糞便で汚染された土壌で栽培された野菜が感染源になる可能性が高い。
わが国のリステリア菌による食肉汚染率はウシ肉5.1 ~ 31 %、ブタ肉3.4 ~ 32 %、トリ肉15 ~ 67 %で、ブロック肉に比べカットされた肉や挽肉など手を加えられた肉の汚染率が高い傾向が見られる。乳、チーズなどの汚染は少ないが5 %との報告もある。
多くの食中毒菌は10℃以下の冷蔵庫で保存すれば、菌の増殖がみられず、食品の低温保存・流通は感染予防に有力な手段とされてきた。これに反してリステリア菌は低温増殖性があり、また、耐塩耐酸性も高く食品衛生上の特異な性質を持っている。そのためチーズなどの乳製品、非加熱食肉製品(生ハム、生ベーコン)、魚介類加工品(乾製品、珍味、練り製品)などのReady – to – eat 食品が汚染されていると保存中に菌が増殖することになり、特別な対策が必要とされる。本菌は食品中で増殖しても腐敗臭がほとんどなく、匂いで摂食の適否を区別できない点もこれまでの常識が通用しない大きな特徴である。
2000年から2002年に首都圏で市販されたReady – to – eat 食品のリステリア菌汚染率は非加熱食肉製品3.8 %、魚介類加工品3.3 %、漬け物1 %であり、いずれも菌量は1/g 未満と少なかった。健康保菌者は0.39 %であった(調理従事者1024検体中4検体陽性)。
⑶ 伝播様式
リステリア菌は主に汚染された非加熱の食品、あるいは汚染されたReady – to – eat 食品の摂取により経口的に体内に侵入する。経口摂取された菌は小腸上皮細胞に付着し細胞内に侵入する。その後隣接細胞へ拡散し、血管内に侵入し肝臓に至る。免疫機構が十分に機能すれば菌の増殖は阻止され発症しない。細胞性免疫が低下した宿主では増殖を繰り返し、少量の菌が持続的に血液中に放出され、標的臓器である妊娠子宮、脳に病巣を形成し発症にいたる。
⑷ 潜伏期
潜伏期間は3週間程度と推定されているが、過去の症例では数日程度から1ヶ月以上と広範囲にわたっている。そのため感染経路の特定は困難である。
⑸ 隔離期間
感染症法では隔離すべき疾患とはなっていない。
4 検査
敗血症、髄膜炎を疑わせる疾患では他の細菌感染症と同様に血液、髄液のグラム染色、培養を行う。リステリア菌は新生児髄膜炎の起炎菌として大腸菌、B 群溶レン菌に次いで多いが、リステリア菌はB 群溶レン菌と同様にグラム陽性、β溶血を呈するため同定には注意が必要である。分離培養の他に五十君らはリステリアの菌体成分特異的抗体価を測定するELISA法と血液から直接リステリア菌遺伝子を検出するPCR法を開発している。起炎菌不明症例での診断法の一つとして期待される検査である。(検査は国立医薬品食品研究所 食品衛生管理部まで連絡し、指示を受けること)
5 治療
主に敗血症、髄膜炎が治療の対象となる。ネルソン小児科学(第17版)にはampicillin ( ABPC )とgentamicin(GM)の併用による相乗効果を期待してABPC 200 mg ~ 400 mg / kg / 日, 毎6時間、GM 5 ~7.5 mg / kg / 日、毎8時間を第一選択薬とし、治療期間は14 ~ 21日 、あるいはそれ以上と記載されている。しかし、わが国で分離されたリステリア(473株)のABPCに対する感受性(Minimum Inhibitory Concentration : MIC)はRange : 0.2 ~ 1.56μg/ml、MIC50 : 0.78μg/ml、MIC90 : 0.78μg/mlで、約10%の菌がMIC 1μg/ml以上である。特に患者由来菌株は食肉由来菌株に比べてMICが高い傾向が見られる。GMはRange : 0.1 ~ 0.39μg/ml、MIC50 :0.2μg/ml、MIC90 : 0.2μg/mlと感受性は良好であるがGM は髄液中への移行が十分ではなく、高い髄液中濃度は得難い。セファロスポリン系は全て耐性である。本菌は最小殺菌濃度(Minimum Bactericidal Concentration : MBC)が MICの32倍以上という特徴があり、敗血症のように抗菌剤の濃度を病巣で維持できる疾患ではABPC + GM の併用は有効であろうが、ABPC に対するMIC が1μg/mlを超えるリステリア菌が10%を占める現状ではABPC 治療では髄液中濃度を殺菌濃度に維持することは困難である。菌株数は少ないが50株についてpanipenem (PAPM)のMICはRange : 0.025 ~ 0.1μg/ml、MIC50 : 0.05μg/ml、MIC90 : 0.1μg/mlであり耐性菌は見られない。カルバペネム系のmeropenem (MEPM)もPAPM と同様の感受性を有しており、リステリア髄膜炎にはPAPM ( MEPM ) を100 – 120 mg / kg / 日 の選択が望ましい。
6 予防対策
感染経路は非加熱食品、Ready – to – eat 食品の経口摂取であるから、先ず製造段階でこれらの食品のリステリアによる汚染を最小限に止めること、次に汚染されも保存期間中に菌量を増やさないことが重要である。本菌は冷蔵、塩蔵保存中にも増菌するため調理後できるだけ早く摂食することがポイントとなる。特に、免疫低下状態の患者、妊婦などの High –risk group はソフトチーズ、生ハム、生ベーコン、スモークサーモン、ミートパテは避けることが望ましい。
本稿は
『リステリア』
小児内科 小児疾患診療のための病態生理 1
(52巻 増刊号p958~961、2020)
著者:森川嘉郎
を改編した。